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やまねむ
 山眠る
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 高耶は、コテージに近づくに連れ、暗く沈んでいく自分の心を感じていた。
 確かにここへ来たところで、待っているのは自分をひたすらに責め続ける男だけだ。
 それは糾弾という意味だけではない。直江の失意はそれだけで高耶へと重くのしかかる。直江の涙はまるで硫酸のように、高耶の心に沁みこみ火傷をおわせる。
 それでも高耶は、時間の許す限りここにいるようにしていた。自分はまるで中毒患者のようだと思った。
 扉を開けて中へ入ると、室内は外と同じくらいに寒かった。
 このコテージは小さい。入ってすぐのダイニングルームと、小さなバスルームに寝室があるだけだ。
 そのダイニングルームの机の上には、中川が用意した食事と、メモ用紙にサインペンが転がっていた。中川が直江と筆談を試みたらしい。手にとってみると、メモ用紙は白紙のままだった。
 大転換直後、直江が中川と連絡を取ったときは思念派だったそうだ。高耶が意識を失っている間もずっと呼びかけていてくれたように思う。
 しかし、高耶が目覚めた時、直江は全く言葉を扱えない状態になっていた。こちらの言うことは理解できるのだが、直江自身はまったく言葉を生み出せないのだ。
 中川から強く精密検査を受けるように言われ、拒む直江を薬で眠らせて脳の検査だけは受けさせた。あれだけの出来事に巻き込まれてのことだ。例えば頭を打ったとか、何か外傷が影響しているかもしれない。結果、精神的なものだと、わかっただけだったのだが。
 高耶は、逆にこうなってよかったのではないかと思っていた。言葉が感情を助長するということもある。直江の底のみえない失意を言葉にしてしまえば、その言葉の暗さに埋もれて二人ともどうなってしまっていたかわからないとも思う。
 けれど。
───高耶さん………
───愛している………
 今はただ単純に、直江の声が恋しかった。
───俺はあなたを失えない!
 最後に聞いた悲痛な声が耳に蘇る。胸に痛みを感じて眉根を寄せた。
 けれど逃げ出すわけにはいかない。
 高耶は重い心を引き摺って、寝室へと続く扉に手をかけた。


 直江は、外を見つめていた。
 窓が開けっ放しになっている。
 風になびく白いカーテンが、あの山荘を連想させた。
 後姿の直江は、とても痩せて見えた。高耶の毒に当たっているせいだけではなく、食事もまともに摂ろうとしない。
 それでも最初の頃に比べたら、随分と落ち着いた。初めの頃は高耶を自分の視野の外へ出そうとしなかった。会わせるのも中川だけで、高耶は中川を通じてしか外部と連絡を取れなかった。
「直江」
 声をかけたところで、もちろん返事はない。
「……風邪、引くなよ」
 それだけ言ってダイニングへと戻る。
 返事を期待しない言葉しかかけなくなってもう随分が経つ。自分達に限っては、日常生活において会話というものは殆ど必要ないことがわかった。何を思って動いているかは、お互い言わなくてもわかる。
 大きく息を吐いて、食事の前に立った。ベーコンや野菜の入ったスープと、白いパンがトレーの上に乗っている。持っていってみようかと思って、スープをひとくち口にしてみた。まだ温かい。じんわりと身体の中に広がって、まるで中川の気持ちが伝わってくるようだ。
「……………」
 自分のしていることは多分、いつかの直江の行動をただ擦っているだけだ。
 自分は本当に直江に風邪をひかれたくないのか。本当に食事をして欲しいと思っているのか。
 これが本当に直江のためなのか?
 ………けれどきっと、自分にしかできないことがあるはずだ。
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