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やまねむ
 山眠る
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 剣山頂上には護摩壇があり、少し下ったところに以前は宿泊客などが利用していた山小屋がある。
 とはいえ小屋というにはあまりに立派な施設で、食堂や展望テラス、果ては別館まであり、充分すぎる設備が整っていた。
 しかし、そこから更に下った山中に、それこそ文字通りの山小屋が、ぽつんと建っていた。
 中川は今、そのコテージから出てきたところだった。
「何やってる」
 すっかり気を抜いていたところへ鋭く声をかけられ、ビクっと身体を揺らしてしまう。
「仰木さん」
「ここへは来るなと言ったはずだ」
「兵頭さんに会いましたか」
「オレが訊いてるんだ」
 本気の怒りを滲ませる高耶を、中川はため息交じりで見つめた。
「兵頭さんに言われたんです。あなたを診るようにと。どうしてもあなたが心配なようですよ。身体ではなく、心のほうを診てやれと言われました。専門外だと言ったんですけどね」
「なら、なぜ一緒に上へ来なかった?」
「……………」
 それは、このコテージへ来ると高耶が怒ることがわかっていたからだ。だから兵頭が高耶を訪ねている隙を狙ってここへやってきたのだ。
「実は、私はあなたの心配はあまりしていないんです。あなたは順調に回復しているからいい」
 昏睡状態にあった頃は日々緊張を強いられたが、眼を覚ましてからの高耶の回復は早かった。もともとこの山との相性がいいのだろう。今は全快状態と言っていい。
 中川が今日ここへ来たのは、別の心配があったからだ。
「問題は橘さんです」
 中川は高耶の鋭い眼に負けないように、拳をぎゅっと握った。
「いつまでこんな風に閉じ込めておくつもりですか」
「……………」
 高耶は黙り込んだまま睨み付けてくる。
「あなたもわかっちょるはずです。今の橘さんは失語症の問題以上に、身体の方が相当悪い」
 高耶の毒に当たっているせいなのは明らかだ。
 こんなところにふたりきりでいたら、いくら蠱毒薬を飲んだところで足りるものではない。
「橘さんが言葉を無くした理由を考えてみてください。ふたりきりでいたところで何の解決にもならんと思いませんか」
 大転換の際、二人の間にどんないきさつがあったかはしらない。けれど橘の失語が精神的なものであることは、検査の結果判明している。ならば、原因は高耶とのことであるに違いない。
「橘さんとは少し距離を置いて、ちゃんとした治療を受けさせてみてはどうです」
 高耶の表情は変わらない。
「聞き飽きたって顔、しちょりますね」
 そう、会う度に中川は橘の治療を勧めている。高耶が了承する訳がないとわかりながら、いつも同じことしか言えない中川は自分が歯がゆい。
「安心してください」
 仕方なく笑顔を浮かべた。
「どうやら私も近いうちに兵頭さんと一緒に外地へ行くことになりそうです。これで、天下の今空海に小言を言う人間もいのうなる」
 その話は高耶も初耳だったようだ。驚いた顔でこちらを見た。
「食事をふたり分、持ってきたんです。たまには栄養のあるもんでも食べて下さい」
 そう言って、返事も聞かずに中川は歩き出した。
「中川」
 高耶が中川を呼び止める。
「ありがとう」
「仰木さん」
 中川は、本当に久しぶりに高耶の笑顔をみた。
「外地ではここ(四国)の様にはいかない。くれぐれも気をつけてな」
 高耶はそれだけ言うと、コテージへと向かって歩き始めた。
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