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やまねむ
 山眠る
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『兵頭さん!』
 お疲れ様でした、と高耶を迎えた卯太郎は、思わぬ珍客に驚いた。
『今、お茶をいれますき───
「いや、いいんだ、卯太郎。しばらくふたりきりにしてくれ」
 高耶がそういうと、卯太郎ははい、と素直に引き下がった。
 部屋の隅で丸くなっている小太郎は、寝ているのか振りなのか、全く動く気配がない。
 すぐにまた、沈黙が部屋を支配してしまうから、兵頭はもう一度同じ話題を口にした。
「橘は、言葉を失うたと聞いちょります」
 あの日以来、兵頭は橘の姿すら見ていない。まあ、見たくも無い、というのが本音だが。
「祝詞も真言も唱えられずにどうやって修法など行うんです?」
「耳が聞こえない訳じゃないんだ。指示は出せるからちゃんとサポートは出来る」
「つまり身体は復調しちょるということですか。ならば嘉田に言って、さっさと山から下ろすべきではありませんか」
 兵頭は今日、この事を進言するためにやってきたのだ。 
「ただでさえ大転換で人が減ったというのに、外地組に人員を割かれ、下は全く人手の足りん状況です。隊長もご存知でしょう。喋れなくとも出来る仕事は山ほどある」
 もちろん新たな新入隊士は増え続けている。しかし入ってすぐは使いものにならない。今は新人教育も満足に行き届いていない状態だ。
 魂枷をし、監視付きでだっていいのだ。橘ならば並の隊士以上の働きをするだろう。兵頭はあの男の能力を認めていない訳ではない。逆に、使わずに置く位なら、さっさと放逐なり処刑なりしてしまえばいいと思っている。中途半端な今の状態の方が逆に危険だ。
 が、高耶の答えは簡潔だった。 
「あの男のことは嶺次郎からオレに一任されている。口を出されたくない」
 ぴしゃりと言われて、兵頭は思わず高耶を睨み返した。
(酷い眼じゃ……)
 あの男の事を語る時、高耶の眼は革命家のそれではない。
 私欲にまみれた人間の眼だ。
 これが高耶のまずいところだ、と兵頭は思う。
 今はそんな眼をしている時ではないはずだ。
 ここに橘がいる限り、高耶はいつまで経ってもここを出られないような予感が兵頭にはあった。
 逆に言うと、橘をさっさと下山させてしまえば、高耶もここにいる必要がなくなるのではないか。
「草間さんがおらんようになり、嘉田はかなり追い詰められちょります。支えられるのはおんししかおらん」
「………兵頭」
「今がたぶん、赤鯨衆としての踏ん張りどころなんでしょう。隊長は皆をまとめ、引っ張ってやって下さい」
 それを聞いた高耶は即座に首を振った。
「そんなこと、オレには出来ない」
「しかし」
「する資格もない……」
 兵頭は驚いた。
 高耶は、みたことのないような表情をしていた。
 あまりにも暗いその瞳は、覗き込むのが怖いほどだった。
「《裏四国》のこと、後悔しちょるんですか」
「そうじゃない」
「なら何故こんなところに閉じ篭るような真似をしちょるんですか。おんしが卑屈になっても何にもならん。それとも、橘のために自分を犠牲にするつもりですか?」
「……………」
 高耶は何も言わなかった。
「忘れんでください。おんしを必要としている者は橘だけではない。他にもごまんとおるんです」


 結局高耶の心を覆せぬまま、兵頭は山を後にした。
 自分が言っても無駄だと、心のどこかでわかっていた気はする。
 しかし、内に篭っても何もいいことなどないのだ。それを誰かが言ってやらなければならない。
 もちろんそんなことで精神が腐ってしまうような男ではないと信じてはいるが。
 後ろ髪を引かれるように、兵頭はもう一度だけ背後を仰ぎ見ると、空に浮かぶ金色の輪をしばらくの間見つめていた。
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