やまねむ
山眠る
時間の感覚を失う程長い間直江に組み敷かれて、やっと開放された。
その間何度も意識を失い、殴るようにして起こされた。
結局ふたりでもつれ合うように眠り込み、目が覚めたとき、直江はまだ隣で眠っていた。
(直江………)
髪に触れても目を覚ます気配はない。
当たり前だ。すっかり身体が弱りきっている。
高耶は喉に渇きを感じて、身体を起こした。
と、自らの身体に異変を感じた。
「く……っ………!」
いきなり心臓がバーストしたように急激に動悸が激しくなっていく。
高耶は痛む胸を押さえながら集中し、《力》を駆使してそれを沈めようとした。
「ハァ……ッ……!」
直江を起こすまいと、必死に声を抑える。
息が整わない中での緻密な作業だが、もう慣れっこになっていた。
実は、高耶の身体は、全快とはとても言えない状態だった。
これ以上、快くなることはないのだろうという覚悟が高耶にはあった。
治療法も、進行を遅らせる薬すら無い病。
心配掛けまいと中川にはなんとか隠し通してきたけれど。
きっとそのうち、直江は気づく………。
やっと痛みが収まって、息を吐き出しながら横になった。
指先が冷たく震える。
目の前には、眼を閉じた直江の横顔があった。
寝息はだけは、ひどく安らかだ。
夢でも見ているのだろうか。
いったい、何の夢を見ているのだろう。
過去の夢か。未来の夢か。
未来の夢だといい。希望に満ちた幸福な、未来の夢がいい。
これから行く先に待ち受けるものがどんなものでも、オレはずっとおまえのそばにいるから。
最初から最期まで、ずっとそばにいる。
いつだっておまえがそうしてくれたように。
次に立ち上がるときは、必ず一緒だ。歩き出すときだって一緒だ。
その時、おまえの瞳には何が映っているのだろう。
おまえはいったい、そのまっすぐな瞳で何を見据えるのだろう?
これだけの無言の想いを吐き出し続けてそしていつかきっと、また別の感情が生まれてきたら。
その感情はおまえに苦痛を与えるものだろうか?
次こそは、苦しみも悲しみも感じないものがいい。
そもそもオレがおまえに、ひたすらやさしく、満ち足りた気分にさせたことなんてあったんだろうか。
オレはずっとおまえに見返りを与えることを拒んできたと思っていたけれど、オレの中にはおまえに与えられるもの、見返りと呼べる幸福なものなど最初からなかったのではないだろうか。
おまえに幸福を。
そんなことをいつかおまえにしてやれるだろうか。
そしたらきっとおまえ以上にオレが幸福になってしまう。
おまえのその幸福も全てオレのものなのだから。
おまえの幸福とオレの幸福とが合わさって、きっと世界で一番の幸福者になってしまう。
見つめていた直江の瞳から、するりと一筋の涙が滑り落ちた。
その涙を拭う様に、手で触れた。
熱い。
身体を少しだけ起こすと、腕を伸ばし、直江の頭を抱え込むようにして、その涙に口付けた。
今だけは。
自分の罪を忘れさせて欲しい。
今だけは。
自分の手の汚さを忘れさせて欲しい。
今だけだから。
いずれ自分のしたことへの責任は取る。
ちゃんと前を見て歩く。
だから今少しの間だけ、この男とオレに時間をくれ。
少しでもこの男の幸福がふえるように。
虚無を軽くしてやりたい。
悲しみを癒やしてやりたい。
あと少しだけ、この男を眠らせてやってくれ。
あと少ししたら、必ず、目を覚ますから。
□ 終わり □
その間何度も意識を失い、殴るようにして起こされた。
結局ふたりでもつれ合うように眠り込み、目が覚めたとき、直江はまだ隣で眠っていた。
(直江………)
髪に触れても目を覚ます気配はない。
当たり前だ。すっかり身体が弱りきっている。
高耶は喉に渇きを感じて、身体を起こした。
と、自らの身体に異変を感じた。
「く……っ………!」
いきなり心臓がバーストしたように急激に動悸が激しくなっていく。
高耶は痛む胸を押さえながら集中し、《力》を駆使してそれを沈めようとした。
「ハァ……ッ……!」
直江を起こすまいと、必死に声を抑える。
息が整わない中での緻密な作業だが、もう慣れっこになっていた。
実は、高耶の身体は、全快とはとても言えない状態だった。
これ以上、快くなることはないのだろうという覚悟が高耶にはあった。
治療法も、進行を遅らせる薬すら無い病。
心配掛けまいと中川にはなんとか隠し通してきたけれど。
きっとそのうち、直江は気づく………。
やっと痛みが収まって、息を吐き出しながら横になった。
指先が冷たく震える。
目の前には、眼を閉じた直江の横顔があった。
寝息はだけは、ひどく安らかだ。
夢でも見ているのだろうか。
いったい、何の夢を見ているのだろう。
過去の夢か。未来の夢か。
未来の夢だといい。希望に満ちた幸福な、未来の夢がいい。
これから行く先に待ち受けるものがどんなものでも、オレはずっとおまえのそばにいるから。
最初から最期まで、ずっとそばにいる。
いつだっておまえがそうしてくれたように。
次に立ち上がるときは、必ず一緒だ。歩き出すときだって一緒だ。
その時、おまえの瞳には何が映っているのだろう。
おまえはいったい、そのまっすぐな瞳で何を見据えるのだろう?
これだけの無言の想いを吐き出し続けてそしていつかきっと、また別の感情が生まれてきたら。
その感情はおまえに苦痛を与えるものだろうか?
次こそは、苦しみも悲しみも感じないものがいい。
そもそもオレがおまえに、ひたすらやさしく、満ち足りた気分にさせたことなんてあったんだろうか。
オレはずっとおまえに見返りを与えることを拒んできたと思っていたけれど、オレの中にはおまえに与えられるもの、見返りと呼べる幸福なものなど最初からなかったのではないだろうか。
おまえに幸福を。
そんなことをいつかおまえにしてやれるだろうか。
そしたらきっとおまえ以上にオレが幸福になってしまう。
おまえのその幸福も全てオレのものなのだから。
おまえの幸福とオレの幸福とが合わさって、きっと世界で一番の幸福者になってしまう。
見つめていた直江の瞳から、するりと一筋の涙が滑り落ちた。
その涙を拭う様に、手で触れた。
熱い。
身体を少しだけ起こすと、腕を伸ばし、直江の頭を抱え込むようにして、その涙に口付けた。
今だけは。
自分の罪を忘れさせて欲しい。
今だけは。
自分の手の汚さを忘れさせて欲しい。
今だけだから。
いずれ自分のしたことへの責任は取る。
ちゃんと前を見て歩く。
だから今少しの間だけ、この男とオレに時間をくれ。
少しでもこの男の幸福がふえるように。
虚無を軽くしてやりたい。
悲しみを癒やしてやりたい。
あと少しだけ、この男を眠らせてやってくれ。
あと少ししたら、必ず、目を覚ますから。
□ 終わり □
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