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  <title>山眠る</title>
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  <description>やまねむ</description>
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    <item>
    <title>０９</title>
    <description>
    <![CDATA[　時間の感覚を失う程長い間直江に組み敷かれて、やっと開放された。<br />
　その間何度も意識を失い、殴るようにして起こされた。<br />
　結局ふたりでもつれ合うように眠り込み、目が覚めたとき、直江はまだ隣で眠っていた。<br />
（直江………）<br />
　髪に触れても目を覚ます気配はない。<br />
　当たり前だ。すっかり身体が弱りきっている。<br />
　高耶は喉に渇きを感じて、身体を起こした。<br />
　と、自らの身体に異変を感じた。<br />
「く……っ………！」<br />
　いきなり心臓がバーストしたように急激に動悸が激しくなっていく。<br />
　高耶は痛む胸を押さえながら集中し、《力》を駆使してそれを沈めようとした。<br />
「ハァ……ッ……！」<br />
　直江を起こすまいと、必死に声を抑える。<br />
　息が整わない中での緻密な作業だが、もう慣れっこになっていた。<br />
<br />
　実は、高耶の身体は、全快とはとても言えない状態だった。<br />
　これ以上、快くなることはないのだろうという覚悟が高耶にはあった。<br />
　治療法も、進行を遅らせる薬すら無い病。<br />
　心配掛けまいと中川にはなんとか隠し通してきたけれど。<br />
　きっとそのうち、直江は気づく………。<br />
							  	<br />
　やっと痛みが収まって、息を吐き出しながら横になった。<br />
　指先が冷たく震える。<br />
　目の前には、眼を閉じた直江の横顔があった。<br />
　寝息はだけは、ひどく安らかだ。<br />
　夢でも見ているのだろうか。<br />
　いったい、何の夢を見ているのだろう。<br />
　過去の夢か。未来の夢か。<br />
　未来の夢だといい。希望に満ちた幸福な、未来の夢がいい。<br />
<br />
　これから行く先に待ち受けるものがどんなものでも、オレはずっとおまえのそばにいるから。<br />
　最初から最期まで、ずっとそばにいる。<br />
　いつだっておまえがそうしてくれたように。<br />
　次に立ち上がるときは、必ず一緒だ。歩き出すときだって一緒だ。<br />
　その時、おまえの瞳には何が映っているのだろう。<br />
　おまえはいったい、そのまっすぐな瞳で何を見据えるのだろう？<br />
　これだけの無言の想いを吐き出し続けてそしていつかきっと、また別の感情が生まれてきたら。<br />
　その感情はおまえに苦痛を与えるものだろうか？<br />
　次こそは、苦しみも悲しみも感じないものがいい。<br />
　そもそもオレがおまえに、ひたすらやさしく、満ち足りた気分にさせたことなんてあったんだろうか。<br />
　オレはずっとおまえに見返りを与えることを拒んできたと思っていたけれど、オレの中にはおまえに与えられるもの、見返りと呼べる幸福なものなど最初からなかったのではないだろうか。<br />
　おまえに幸福を。	<br />
　そんなことをいつかおまえにしてやれるだろうか。<br />
　そしたらきっとおまえ以上にオレが幸福になってしまう。<br />
　おまえのその幸福も全てオレのものなのだから。<br />
　おまえの幸福とオレの幸福とが合わさって、きっと世界で一番の幸福者になってしまう。<br />
<br />
　見つめていた直江の瞳から、するりと一筋の涙が滑り落ちた。<br />
　その涙を拭う様に、手で触れた。<br />
　熱い。<br />
　身体を少しだけ起こすと、腕を伸ばし、直江の頭を抱え込むようにして、その涙に口付けた。<br />
<br />
　今だけは。<br />
　自分の罪を忘れさせて欲しい。<br />
　今だけは。<br />
　自分の手の汚さを忘れさせて欲しい。<br />
　今だけだから。<br />
　いずれ自分のしたことへの責任は取る。<br />
　ちゃんと前を見て歩く。<br />
　だから今少しの間だけ、この男とオレに時間をくれ。<br />
　少しでもこの男の幸福がふえるように。<br />
　虚無を軽くしてやりたい。<br />
　悲しみを癒やしてやりたい。<br />
<br />
　あと少しだけ、この男を眠らせてやってくれ。<br />
　あと少ししたら、必ず、目を覚ますから。<br />
<br />
<br />
<br />
　　□　終わり　□ <br />
]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%99</link>
    <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 10:22:47 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０８</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<br />
　オ　マ　エ　ノ<br />
<br />
　ス　ベ　テ　ハ<br />
<br />
　オ　レ　ノ　モ　ノ　ダ<br />
<br />
<br />
　ずるり、と腹の奥のほうから黒くて醜いものがせりあがってくる。<br />
　おまえから生み出されるものは全てオレだけのもの。<br />
　その感情もなにもかも。<br />
　言葉なんて他人にも理解できてしまう記号はもう持たなくていいよ。<br />
　オレにだけ解ればいい。伝わればいい。<br />
　苦しみだろうと憎しみだろうと何だっていい。<br />
　虚しさも痛みも苦しみも憎しみも何もかもが欲しい。<br />
　どんなものもすべて、オレのものだ。<br />
　まだまだおまえが欲しい。まだまだおまえが足りない。<br />
　中川の言うとおり言葉を取り戻す方法はあるのかもしれない。<br />
　でも今は直江を手放したくない。 <br />
　だって、直江のこの苦悩は、オレへの証に他ならないのだから。<br />
　自分のしていることは自己犠牲でもなんでもなく、ただの直江に対する独占欲であり、獲得欲だ。<br />
　結局オレは、おまえの苦しみが欲しい。<br />
　欲しいだけじゃなく、おまえの苦しみや葛藤や涙や全部、誰の目にも触れさせたくない。<br />
　余すところ無くオレだけにぶつけて欲しい。<br />
　おまえから紡ぎだされる言葉も感情も行動も全部、オレだけのもの。<br />
　どんなときだって、何があっても、いつまででも、どんなにオレが悲しめても、苦しめても、痛みつけても、おまえはいつだってオレとともにあるのだと見せ付けて欲しい。オレから離れることなどできないのだと、それでもまだまだオレが欲しいのだと、苦しんで、悦んで、泣き叫び続けて欲しい。<br />
<br />
　直江の感情はそもそも癒される類のものではない。<br />
　誰にも左右されてはならないものだ。<br />
　今こうしていたって決して薄まるものではないし、薄まっていいものではない。<br />
　直江を苦しめているものの正体は、直江の根源そのもので、そこから生み出されるものは時に苦しみであり、時にやさしさであり、直江の感情は全てそこから生み出されなければならない。<br />
　そしてその根源こそが高耶なのだ。<br />
　それが直江にとっての、真実なのだ。<br />
<br />
　その事実を思い知らせてくれ、オレに。<br />
　おまえのその根源がどんなにおまえを苦しめてもいやらしくてもずるくても醜くてもおまえは絶対に目を逸らさないのだと、逸らせないのだと、逃げることはできないのだと、オレの身体に刻み込んでくれ。<br />
　俺ももう、逃げたりはしないから。<br />
　おまえの想いを全部、受け止めるから。<br />
<br />
　おまえのその苦しみを想う時。<br />
　オレの胸に灯るこの感情。<br />
　これは愛しさと呼べるだろうか。<br />
　ならば、オレは今、おまえの苦悩がいとおしいと思う。<br />
　おまえの、オレたちの四百年が、とてもいとおしいと思う。]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%98</link>
    <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 10:21:06 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０７</title>
    <description>
    <![CDATA[　気が付くと、すっかり陽が落ちていた。<br />
　いい加減寒くなってきたから窓を閉めようと、高耶が寝室に戻ってみると、真っ暗な中に直江が立っていた。<br />
　その眼の異様さにぎくりとする。<br />
　直江の長い腕がまっすぐに伸びてきて、高耶の首を掴んでそのまま力を入れた。<br />
「ぐっ………！」<br />
　高耶は苦悶の声をあげながら、直江の腕を掴む。<br />
　それでも抵抗らしい抵抗はしなかった。<br />
　まともに呼吸が出来ず、頭に血が上り、だんだん意識が遠のいていく。<br />
「な……お……」<br />
　あまりの苦しさに眼を見開いた瞬間、パッと開放されて高耶は咳き込みながら床に膝をついた。<br />
「ゲホッッ<span class="line">────</span>ゲホッッ……ッ」<br />
　必死で息をしようと這いつくばる。<br />
　そんな高耶を気遣うようすもなく、直江は高耶の下着ごと服を掴んで下ろすと、自分のモノを一気に挿入した。<br />
「アアアアアッ！アアアッ<span class="line">───</span>………！」<br />
　激しく突き上げられながら、高耶はその行為の意味をもう考えない。<br />
　反射的に抗おうとする手足から、必死に力を抜こうとする。<br />
　抵抗したくないからだ。<br />
　今は直江の全てを受け入れたい。<br />
　直江もきっと、何かを受け入れるために苦しんでいるのだから。<br />
<br />
　そうだ、直江。<br />
　もっとぶつけてくれ。<br />
　おまえの苦しみ、怒り、悲しみ。<br />
　おまえの全て。<br />
　何もかもを受け止めると決めた。<br />
　この哀しい気持ちも俺たちふたりで生み出したもの。<br />
　オレたちが存在する証。<br />
　だからオレは目を背けたりしない。<br />
　おまえが"想いから生まれるもの"に責任をとるというのなら、オレだって同じだ。<br />
　オレにも責任を取らせてくれ。<br />
　オレから生まれたおまえ。<br />
　その全てに。<br />
<br />
　直江は高耶を仰向けにして足を押さえると、更に突き上げる。<br />
「アッ……アアッ……！……なお……え……ッ」<br />
　お互いの熱い吐息を感じながら、瞳を見つめあう。<br />
　そうして揺さぶられていると、いつしか高耶は、自分の内の更なる感情に気付く。]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%97</link>
    <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 10:40:24 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０６</title>
    <description>
    <![CDATA[　他の人間たちはどうしているのだろう、と思う。<br />
　自分の中の絶対に譲れない部分で、愛する人間と対立してしまったら。<br />
　どちらかが妥協し、折り合いをつけるのだろうか。ふたりの中間点を探るのだろうか。<br />
　それとも、決別を選ぶのだろうか。<br />
　どれも選ぶことの出来ない自分たちは、結局勝者と敗者という関係でしか、有り得ないのだろうか。<br />
　確かに高耶は勝った。自分の一念を貫いた。<br />
　けれどもう昔とは違う。直江を敗者として縛り付けていた頃とは違う。<br />
　今はただ、そのことがひたすらに悲しいだけだった。<br />
<br />
　言葉を紡げない直江は、その眼で高耶を責め続けた。<br />
　人殺し。偽善者。大悪党。<br />
　それは他人に責められる行為とは違って、自分で自分を責めるのに似ていた。<br />
　直江に責められながら、高耶は自分の内で自分を責め、必死に言い訳をする。<br />
　あの時の自分は、これ以上無実の人の血が流れることに黙っていられなかったのだ。<br />
　もう、問題を先延ばしにしたくなかったのだ、と。<br />
（………だから何だっていうんだ）<br />
　そんなもの、言い訳にもならない。結果的に、死なずに済んだはずの人々を殺した。<br />
　想定の犠牲者を守るために、現実の犠牲者を生む。<br />
　そんなもの、悪政以外の何ものでもない。<br />
　けれどあの時の高耶は、本当に心の底から《裏四国》の成立を願ったのだ。<br />
　それだけは真実だと言える。誰がなんと言おうとも、どんなに責めようとも。愛する人の譲れないものを、打ち砕く行為だったとしても。<br />
　後悔はしていない。赦して欲しいとも思わない。<br />
　世界に対する罪も、直江に対してしたことも、すべて自分の身に背負うつもりでいる。<br />
<br />
　直江の失意の底にあるものを高耶は想う。<br />
　高耶を失う恐怖。敗北感。取り戻すことのできないあの瞬間への後悔、絶望。<br />
　虚無、痛み、苦しみ、憎しみ。<br />
　色んなものが渦巻く中で、直江はもがき続けていた。<br />
　直江にしてみれば、高耶を喪えないという想いは史上最上の強さでなくてはならなかったはずだ。<br />
　誰よりも何よりも譲れないものだったはずだ。<br />
　その想いこそが、あの萩からずっと、直江をここまで突き動かしてきのだから。<br />
　『最上』も『精殖』も、高耶と直江の何もかもを、喪うなんてことがあってはならない。<br />
　そう想っていた。それなのに。<br />
　その想いは、誰であろう高耶自身に打ち砕かれたのだ。<br />
　愛していると、自分を強く想い続けろと言ったその同じ口で、おまえはオレに勝てないと、高耶は言ったのだ。<br />
　こんな理不尽なことはない。裏切りだと罵られて当然だ。<br />
<br />
　けれど直江、別にオレはおまえを苦しめたくてやったんじゃない。<br />
　おまえを悲しませたかった訳じゃない。<br />
　オレはもう迷わないと決めただけだ。<br />
　オレもおまえのように責任を取りたかっただけだ。<br />
　自分の感情に。自分から生まれくるものに。<br />
　自分という人間が誕生し、どうしてここまで生き延びてきたのか。そこに意味があるのかどうか。<br />
　そしておまえには、オレの見ているものをただ知っていて欲しかった。<br />
　傍にいて、解っていて欲しかったんだ。<br />
　オレという人間が何を考え、何に生きているかを。<br />
　誰よりも、おまえに。<br />
<span class="line">───</span>俺からあなたを奪うのものはあなた自身なのか！<br />
　おまえからオレを奪えるやつなんていない。<br />
　オレですらおまえからオレを奪おうとして失敗したのに。<br />
　おまえからオレを奪うものは存在しない。<br />
　だっておまえはそれを、証明してみせるんだろう？<br />
<br />
　高耶の唇から小さく息が漏れた。<br />
　こんな理屈を並べたって何も始まらない。<br />
　直江はもしかしたら、こんな簡単な言葉などで片付けられたくないから、言葉を失ったのかもしれないと思った。<br />
　いま直江の中にあるのは紛れも無く、どうしようもない、現実の感情だ。<br />
　虚無、痛み、苦しみ、憎しみ。　<br />
　本当は高耶に出来ることなんてないのかもしれない。<br />
　それでもやはり高耶は、直江から逃げ出すことはできない。]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%96</link>
    <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 10:40:03 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０５</title>
    <description>
    <![CDATA[　高耶は、コテージに近づくに連れ、暗く沈んでいく自分の心を感じていた。<br />
　確かにここへ来たところで、待っているのは自分をひたすらに責め続ける男だけだ。<br />
　それは糾弾という意味だけではない。直江の失意はそれだけで高耶へと重くのしかかる。直江の涙はまるで硫酸のように、高耶の心に沁みこみ火傷をおわせる。<br />
　それでも高耶は、時間の許す限りここにいるようにしていた。自分はまるで中毒患者のようだと思った。<br />
　扉を開けて中へ入ると、室内は外と同じくらいに寒かった。<br />
　このコテージは小さい。入ってすぐのダイニングルームと、小さなバスルームに寝室があるだけだ。<br />
　そのダイニングルームの机の上には、中川が用意した食事と、メモ用紙にサインペンが転がっていた。中川が直江と筆談を試みたらしい。手にとってみると、メモ用紙は白紙のままだった。<br />
　大転換直後、直江が中川と連絡を取ったときは思念派だったそうだ。高耶が意識を失っている間もずっと呼びかけていてくれたように思う。<br />
　しかし、高耶が目覚めた時、直江は全く言葉を扱えない状態になっていた。こちらの言うことは理解できるのだが、直江自身はまったく言葉を生み出せないのだ。<br />
　中川から強く精密検査を受けるように言われ、拒む直江を薬で眠らせて脳の検査だけは受けさせた。あれだけの出来事に巻き込まれてのことだ。例えば頭を打ったとか、何か外傷が影響しているかもしれない。結果、精神的なものだと、わかっただけだったのだが。<br />
　高耶は、逆にこうなってよかったのではないかと思っていた。言葉が感情を助長するということもある。直江の底のみえない失意を言葉にしてしまえば、その言葉の暗さに埋もれて二人ともどうなってしまっていたかわからないとも思う。<br />
　けれど。<br />
<span class="line">───</span>高耶さん………<br />
<span class="line">───</span>愛している………<br />
　今はただ単純に、直江の声が恋しかった。<br />
<span class="line">───</span>俺はあなたを失えない！<br />
　最後に聞いた悲痛な声が耳に蘇る。胸に痛みを感じて眉根を寄せた。<br />
　けれど逃げ出すわけにはいかない。<br />
　高耶は重い心を引き摺って、寝室へと続く扉に手をかけた。<br />
<br />
<br />
　直江は、外を見つめていた。<br />
　窓が開けっ放しになっている。<br />
　風になびく白いカーテンが、あの山荘を連想させた。<br />
　後姿の直江は、とても痩せて見えた。高耶の毒に当たっているせいだけではなく、食事もまともに摂ろうとしない。<br />
　それでも最初の頃に比べたら、随分と落ち着いた。初めの頃は高耶を自分の視野の外へ出そうとしなかった。会わせるのも中川だけで、高耶は中川を通じてしか外部と連絡を取れなかった。<br />
「直江」<br />
　声をかけたところで、もちろん返事はない。<br />
「……風邪、引くなよ」<br />
　それだけ言ってダイニングへと戻る。<br />
　返事を期待しない言葉しかかけなくなってもう随分が経つ。自分達に限っては、日常生活において会話というものは殆ど必要ないことがわかった。何を思って動いているかは、お互い言わなくてもわかる。  <br />
　大きく息を吐いて、食事の前に立った。ベーコンや野菜の入ったスープと、白いパンがトレーの上に乗っている。持っていってみようかと思って、スープをひとくち口にしてみた。まだ温かい。じんわりと身体の中に広がって、まるで中川の気持ちが伝わってくるようだ。<br />
「……………」<br />
　自分のしていることは多分、いつかの直江の行動をただ擦っているだけだ。<br />
　自分は本当に直江に風邪をひかれたくないのか。本当に食事をして欲しいと思っているのか。<br />
　これが本当に直江のためなのか？<br />
　………けれどきっと、自分にしかできないことがあるはずだ。]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%95</link>
    <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 10:39:28 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０４</title>
    <description>
    <![CDATA[　剣山頂上には護摩壇があり、少し下ったところに以前は宿泊客などが利用していた山小屋がある。<br />
　とはいえ小屋というにはあまりに立派な施設で、食堂や展望テラス、果ては別館まであり、充分すぎる設備が整っていた。<br />
　しかし、そこから更に下った山中に、それこそ文字通りの山小屋が、ぽつんと建っていた。<br />
　中川は今、そのコテージから出てきたところだった。<br />
「何やってる」<br />
　すっかり気を抜いていたところへ鋭く声をかけられ、ビクっと身体を揺らしてしまう。<br />
「仰木さん」<br />
「ここへは来るなと言ったはずだ」<br />
「兵頭さんに会いましたか」<br />
「オレが訊いてるんだ」<br />
　本気の怒りを滲ませる高耶を、中川はため息交じりで見つめた。<br />
「兵頭さんに言われたんです。あなたを診るようにと。どうしてもあなたが心配なようですよ。身体ではなく、心のほうを診てやれと言われました。専門外だと言ったんですけどね」<br />
「なら、なぜ一緒に上へ来なかった？」<br />
「……………」<br />
　それは、このコテージへ来ると高耶が怒ることがわかっていたからだ。だから兵頭が高耶を訪ねている隙を狙ってここへやってきたのだ。<br />
「実は、私はあなたの心配はあまりしていないんです。あなたは順調に回復しているからいい」<br />
　昏睡状態にあった頃は日々緊張を強いられたが、眼を覚ましてからの高耶の回復は早かった。もともとこの山との相性がいいのだろう。今は全快状態と言っていい。<br />
　中川が今日ここへ来たのは、別の心配があったからだ。<br />
「問題は橘さんです」<br />
　中川は高耶の鋭い眼に負けないように、拳をぎゅっと握った。<br />
「いつまでこんな風に閉じ込めておくつもりですか」<br />
「……………」<br />
　高耶は黙り込んだまま睨み付けてくる。<br />
「あなたもわかっちょるはずです。今の橘さんは失語症の問題以上に、身体の方が相当悪い」<br />
　高耶の毒に当たっているせいなのは明らかだ。<br />
　こんなところにふたりきりでいたら、いくら蠱毒薬を飲んだところで足りるものではない。<br />
「橘さんが言葉を無くした理由を考えてみてください。ふたりきりでいたところで何の解決にもならんと思いませんか」<br />
　大転換の際、二人の間にどんないきさつがあったかはしらない。けれど橘の失語が精神的なものであることは、検査の結果判明している。ならば、原因は高耶とのことであるに違いない。<br />
「橘さんとは少し距離を置いて、ちゃんとした治療を受けさせてみてはどうです」<br />
　高耶の表情は変わらない。<br />
「聞き飽きたって顔、しちょりますね」<br />
　そう、会う度に中川は橘の治療を勧めている。高耶が了承する訳がないとわかりながら、いつも同じことしか言えない中川は自分が歯がゆい。<br />
「安心してください」<br />
　仕方なく笑顔を浮かべた。<br />
「どうやら私も近いうちに兵頭さんと一緒に外地へ行くことになりそうです。これで、天下の今空海に小言を言う人間もいのうなる」<br />
　その話は高耶も初耳だったようだ。驚いた顔でこちらを見た。<br />
「食事をふたり分、持ってきたんです。たまには栄養のあるもんでも食べて下さい」<br />
　そう言って、返事も聞かずに中川は歩き出した。<br />
「中川」<br />
　高耶が中川を呼び止める。<br />
「ありがとう」<br />
「仰木さん」<br />
　中川は、本当に久しぶりに高耶の笑顔をみた。<br />
「外地ではここ（四国）の様にはいかない。くれぐれも気をつけてな」<br />
　高耶はそれだけ言うと、コテージへと向かって歩き始めた。]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%94</link>
    <pubDate>Fri, 16 Oct 2009 10:53:55 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０３</title>
    <description>
    <![CDATA[『兵頭さん！』<br />
　お疲れ様でした、と高耶を迎えた卯太郎は、思わぬ珍客に驚いた。<br />
『今、お茶をいれますき<span class="line">───</span>』<br />
「いや、いいんだ、卯太郎。しばらくふたりきりにしてくれ」<br />
　高耶がそういうと、卯太郎ははい、と素直に引き下がった。<br />
　部屋の隅で丸くなっている小太郎は、寝ているのか振りなのか、全く動く気配がない。<br />
　すぐにまた、沈黙が部屋を支配してしまうから、兵頭はもう一度同じ話題を口にした。<br />
「橘は、言葉を失うたと聞いちょります」<br />
　あの日以来、兵頭は橘の姿すら見ていない。まあ、見たくも無い、というのが本音だが。<br />
「祝詞も真言も唱えられずにどうやって修法など行うんです？」<br />
「耳が聞こえない訳じゃないんだ。指示は出せるからちゃんとサポートは出来る」<br />
「つまり身体は復調しちょるということですか。ならば嘉田に言って、さっさと山から下ろすべきではありませんか」<br />
　兵頭は今日、この事を進言するためにやってきたのだ。　<br />
「ただでさえ大転換で人が減ったというのに、外地組に人員を割かれ、下は全く人手の足りん状況です。隊長もご存知でしょう。喋れなくとも出来る仕事は山ほどある」<br />
　もちろん新たな新入隊士は増え続けている。しかし入ってすぐは使いものにならない。今は新人教育も満足に行き届いていない状態だ。<br />
　魂枷をし、監視付きでだっていいのだ。橘ならば並の隊士以上の働きをするだろう。兵頭はあの男の能力を認めていない訳ではない。逆に、使わずに置く位なら、さっさと放逐なり処刑なりしてしまえばいいと思っている。中途半端な今の状態の方が逆に危険だ。<br />
　が、高耶の答えは簡潔だった。　<br />
「あの男のことは嶺次郎からオレに一任されている。口を出されたくない」<br />
　ぴしゃりと言われて、兵頭は思わず高耶を睨み返した。<br />
（酷い眼じゃ……）<br />
　あの男の事を語る時、高耶の眼は革命家のそれではない。<br />
　私欲にまみれた人間の眼だ。<br />
　これが高耶のまずいところだ、と兵頭は思う。<br />
　今はそんな眼をしている時ではないはずだ。<br />
　ここに橘がいる限り、高耶はいつまで経ってもここを出られないような予感が兵頭にはあった。<br />
　逆に言うと、橘をさっさと下山させてしまえば、高耶もここにいる必要がなくなるのではないか。<br />
「草間さんがおらんようになり、嘉田はかなり追い詰められちょります。支えられるのはおんししかおらん」<br />
「………兵頭」<br />
「今がたぶん、赤鯨衆としての踏ん張りどころなんでしょう。隊長は皆をまとめ、引っ張ってやって下さい」<br />
　それを聞いた高耶は即座に首を振った。<br />
「そんなこと、オレには出来ない」<br />
「しかし」<br />
「する資格もない……」<br />
　兵頭は驚いた。<br />
　高耶は、みたことのないような表情をしていた。<br />
　あまりにも暗いその瞳は、覗き込むのが怖いほどだった。<br />
「《裏四国》のこと、後悔しちょるんですか」<br />
「そうじゃない」<br />
「なら何故こんなところに閉じ篭るような真似をしちょるんですか。おんしが卑屈になっても何にもならん。それとも、橘のために自分を犠牲にするつもりですか？」<br />
「……………」<br />
　高耶は何も言わなかった。<br />
「忘れんでください。おんしを必要としている者は橘だけではない。他にもごまんとおるんです」<br />
<br />
<br />
　結局高耶の心を覆せぬまま、兵頭は山を後にした。<br />
　自分が言っても無駄だと、心のどこかでわかっていた気はする。<br />
　しかし、内に篭っても何もいいことなどないのだ。それを誰かが言ってやらなければならない。<br />
　もちろんそんなことで精神が腐ってしまうような男ではないと信じてはいるが。<br />
　後ろ髪を引かれるように、兵頭はもう一度だけ背後を仰ぎ見ると、空に浮かぶ金色の輪をしばらくの間見つめていた。]]>
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    <category>山眠る</category>
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    <pubDate>Fri, 16 Oct 2009 10:53:17 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>０２</title>
    <description>
    <![CDATA[　兵頭は、嶺次郎がそうであるように高耶もまた革命家であると考えていた。<br />
　真の革命家というものは、自分の思想が他人を否応なく巻き込むことに自覚的だ。彼は、長らくその能力を封印してきた。<br />
　しかし、力は開放された。結果、為されたものは、およそ兵頭の思う革命とはかけ離れたものではあったけれど、高耶自身としてはその実力をやっと発揮できるようになったのだ。喜ばしいことではないか。<br />
　そう、思うのに。<br />
　兵頭の表情は、決して晴れやかではない。<br />
<br />
<br />
「いつまで、こんなところにおるつもりですか」<br />
　開口一番、そう言った。<br />
「兵頭」<br />
　紙衣を纏い、壇上から降りてきた高耶が、驚いてこちらをみる。<br />
「こんなところにいていいのか」<br />
　兵頭は、久しぶりに剣山までやってきていた。<br />
　高耶の耳には既に、兵頭へ外地赴任の命が下ったことが伝わっていたようだ。<br />
　出発日時はまだ未定だが、正直引継ぎやら何やらで剣山などにいる場合では無い。<br />
　だか、兵頭にはどうしてもやらねばいけないことがあった。<br />
「発つ前に、確認しておきたいことがあります」<br />
「……何だ」<br />
　高耶の赤い両眼がこちらを向く。<br />
　もちろん遮毒コンタクトをしているから、兵頭が血を吐くことも無い。<br />
「さっきも言いました。いつまでこんな場所に篭っちょるつもりなんですか」<br />
「……《裏四国》が安定するまで、だ」<br />
「それは一体いつのことです」<br />
「もうすぐだ」<br />
「もうすぐ？随分曖昧ですね」<br />
「……………」<br />
　最近の高耶はいつもこうだ。何かあるとすぐに黙り込んでしまう。昔のような、歯切れのいい言葉を久しく聞いていない。<br />
　兵頭は話題を変えた。<br />
「橘はどこです」<br />
　決定的な一言を放ったつもりだったのに、高耶は表情ひとつ変えることもなく、しばらく黙った後で小さく口を開いただけだった。<br />
「……少し冷える。部屋に入ろう」<br />
　自分の肩をさするような動作をした後で、ゆっくりと歩き出す。<br />
　仕方なく、兵頭も後に続いた。<br />
<br />
<br />
　裏四国成立後、高耶は剣山から出ようとはしなかった。<br />
　最初のうちは体力の回復を図るため、その後は《裏四国》を安定させる修法を施すため、という名目である。<br />
　そして、橘義明もまた、神官として結界の安定修法に関わっていると隊内には通達されている。<br />
　が、実際のところ、嶺次郎から橘に対する復帰許可が下りていないのだと、兵頭は聞いていた。<br />
　嶺次郎は大転換直前の橘の行為をうやむやにはしなかった。もし橘に叛意があるというのなら、見逃すわけにはいかない。けれど言葉が戻らないから、尋問も出来ない。結果、軟禁状態となっているのだ。<br />
　しかし、その軟禁場所が問題だ。<br />
　どこか収容設備のあるアジトでいいはずなのだ。<br />
　高耶と共にここにいる理由はない。]]>
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    <category>山眠る</category>
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    <pubDate>Fri, 16 Oct 2009 10:52:58 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>０１</title>
    <description>
    <![CDATA[<br />
<br />
　山は  凍えている<br />
<br />
　凍りついている<br />
<br />
　まるで　時の流れから<br />
<br />
　取り残されたように<br />
<br />
<br />
<br />
　けれど　目には見えないところから<br />
<br />
　わずかずつ　変化は始まっている<br />
<br />
　備えているのだ　<br />
<br />
　やがてくる季節に　芽を吹くために　<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>山眠る</category>
    <link>http://yamanemuru.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E7%9C%A0%E3%82%8B/%EF%BC%90%EF%BC%91</link>
    <pubDate>Fri, 09 Oct 2009 01:10:37 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">yamanemuru.blog.shinobi.jp://entry/1</guid>
  </item>

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